一番苦手な2月がやって来る。

「おとうさん、お母さんの誕生日は何処かで外食?」
「ごめん、その日は高校の還暦同窓会が開催されるから」
「え?お母さんも同級生だった?」
「そうだよ」

いつも母親の誕生日には母親が好きだったプリンかケーキを供える息子たち。
「お母さんが好きっていうより、オレが好きなプリンかケーキだよ」
母親の記憶はないが、母親の誕生日は覚えている。それも雄祐のおかげ。
「孝太、何を供えるの?」
「え?」
「2月3日はお母さんの誕生日だから」

ポイントポイントで孝太に教えてくれる雄祐。
「成長をしたよね!」と年末に私の友人と雄祐で食事に行った。
「お母さんが亡くなった時は幼稚園年長?それが15年経過して20歳になり一緒に
お酒が飲めるって嬉しいわ!」と友人が言う。照れる雄祐。

就活のことも相談する。普通に会話する雄祐を見て「こいつ、凄いわ!」と思う。
私の子育ては雄祐の子育てであった。育て育てられ勉強することが一杯あった。
今でも忘れないのがベテランママ友からのアドバイス。
「身体の成長もあれば心の成長もあります。反抗期があって当たり前。上手に付き合って
ください」と。迷ったと時は「自分の反抗期を思い出しなさい」と母親に言われた。
「あなた、もっと酷かったよ!」と言われ苦笑い。

「大事な宝物を奥さんは遺してくれた。育てながら勉強しなさい!」とも母親に言われた。
子育て終盤戦の私は思う。「想定外の子育てにあたふたしたが、気が付けば何事も対応
している自分。育てながら育ててもらった。やっぱり子育て親育てだった」。

長男は結婚、雄祐も就活をする。残るは孝太だけだが親離れは始まっている。
悪戦苦闘した子育てが懐かしく思う。



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